なぜ、これほどまでに「茶芯」に惹かれるのか。
記憶を辿ると、かつて読んだある雑誌の特集ページに行き着く。
そこに写っていたのは、80年代から90年代初頭にかけて製造されたレッドウィングのエンジニアブーツだ。
持ち主に徹底的に履き込まれた黒い表面から、薄っすらと下地の「茶色」が覗いている。
黒から茶へとグラデーションを描くその表情から受けた衝撃は、今も色褪せない。
興味深い事実がある。
当時のタンナー(革の製造元)や職人の基準では、この茶芯は「色が抜けてしまう」という明らかなクレーム対象だったという。
下地まで染料が浸透していない、いわば「欠陥品(マイナス)」として処理されていたのだ。
しかし現代において、そのかつての「欠陥」こそが、規格化された量産品にはない強烈な引力を持っている。
効率化され、絶対に色落ちしないようコーティングされた均一な革には、使い手の「癖」や「時間」が入り込む余地がない。
削れ、色が抜け、傷つく。そこにのみ、使い手の生きた証が宿る。
かつて雑誌で見た、黒の奥に潜む茶色。
それを足元だけでなく、静かな机の上で、自らの手で育て上げたい。
その渇望に応えるのが、米国ホーウィン社の「クロムエクセルレザー」である。
100年以上変わらない製法で、たっぷりとオイルを含ませた分厚い革。
この素材によって、我々はあの時憧れた茶芯と、日々の暮らしの中で対峙することができる。
ブーツの茶芯は、アスファルトを踏みしめ、バイクのペダルを操作する日々の物理的な摩擦によって生まれる。
ならば、ブックカバーの茶芯は何によって引き出されるのか。
それは、活字を追い、ページをめくり、分厚い本を無意識に握りしめる「思索の摩擦」である。
静かに本を開き、活字の海へ潜る。
その重厚でゆっくりとした時間の蓄積だけが、黒い表面を削り、己だけの茶芯を呼び覚ます。

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