私たちが「インディアン」という言葉から連想するものは、大抵が決まりきっている。
頭には立派な羽根飾りを纏い、馬を駆って大自然と共生する誇り高き戦士。
あるいは、どこか神秘的でロマンチックな部族の姿だろうか。
しかし、『聖なる木の下へ アメリカインディアンの魂を求めて』(阿部 珠理 著)では、そんな牧歌的なイメージは一瞬で崩れ去る。
そこから漂ってくるのは、重く、痛々しく、乾いた血の匂いだ。
彼らの歴史は、西洋人による容赦のない迫害の歴史そのものである。
先祖代々の土地を奪われ、不毛な保留地(リザベーション)へと追いやられた彼ら。
現代を生きる末裔たちの多くは、かつての戦士としての誇りを見失い、まるで翼をもがれた鳥のように生きているという現実がそこにはある。
古から受け継がれてきた彼らのスピリッツは、もう完全に死に絶えてしまったのだろうか。
その問いに対する一つの答えが、「サンダンス」という儀式の描写にある。
かつては野蛮であるとして法で固く禁じられていたこの儀式は、現代の保留地でも密かに行われている。
「ダンス」という響きから、火を囲んでの陽気な宴のようなものを想像するかもしれないが、実態は全く違う。
それは数日間にわたり肉体を極限まで痛めつけながら祈りを捧げる、壮絶な血の儀式である。
己の肉体を切り裂くような苦痛の果てに、彼らは失われかけた誇りを自らの血で繋ぎ止めようとする。
効率やスピード、あるいは「いかに不快を避けて快適に生きるか」という正解ばかりが溢れる現代社会において、彼らのこの行動原理はあまりにも異質で、理不尽にさえ思える。
しかし、だからこそ知るべきなのだ。
この本には、圧倒的な不条理の中で、それでも「自然との調和」や「変わらないもの」を守り抜こうとする人間の静かなる狂気が記されている。
読後感は決して爽やかなものではない。
ハッピーエンドも感動もない。
腹の底に、ただ重たい感覚が残る。
この一冊から、自分はどう生きるべきか、どう役立てるかなど、無理に考える必要はない。
アメリカの重たい現実の一欠けらを、ただ飲み込む。それだけでいい。

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