あらためて「なんで“Made in USA”って、あの雑な作りでさえ“アジ”として許せてしまうんだろう?」と。
縫製が荒いとか、革にムラがあるとか、本来ならネガティブに感じるはずなのに、アメリカだとむしろ“味があっていい”になる。でもアジア製で同じことが起きると「ん?」って眉をひそめてしまう。
これって僕だけじゃないよね?
またまたAIにこんな疑問をぶつけてみたら、わりと納得感のある答えが返ってきた。
AI「それ、文化の“重力”です」
AIが言った“文化の重力”という言葉。
どういうことかというと、
アメリカはカジュアルファッションの“本場”。
Gジャン、スウェット、チノ、ワークブーツ、ミリタリー…。僕らが普段着ている“カジュアル”の多くは、アメリカ文化がルーツになっている。
だから、Made in USA のラフさや荒削り感は、
「本場だからこその迫力」
「リアルで武骨な雰囲気」
「ちょっと不完全なのがカッコいい」
みたいに、ポジティブに変換されやすいらしい。
確かに言われてみると、ワークブーツの縫いずれとか、スウェットのステッチのゆらぎが「味」と感じるのは、アメカジという物語を背景に見ているからなのかもしれない。
90年代カルチャーの刷り込み
AIがさらに深掘ってくれたのがこれ。
「あなたが40代というのは、とても大事なポイントです」
つまるところ、
僕が10代のころって、完全にアメリカ文化の黄金期だった。
- 古着ブーム
- エアマックス95、97
- GAP全盛期
- スケート・HIPHOPの大流行
- 映画も音楽もアメリカ中心(スピードとかアルマゲドンなんかだね)
TVでも雑誌でも、
**“アメリカ=最先端のカッコよさ”**という空気が漂っていた。
つまり僕ら世代にとってアメリカは、
**青春のど真ん中にあった“憧れの源泉”**だったわけだ。
AIいわく、この体験が無意識に価値観を形づくっていて、
「アメリカの雑さは“文化の香り”として受け止められる」
という構造が、僕らの中に根づいているらしい。
うーん、思い返すとたしかにあの頃は何もかも衝撃的だったな。
そういうのが下地になってるんだろね。
AI「アメリカは“雑さの物語化”が上手かった」
これはちょっと面白い視点だよね。
アメリカのブランドは
- 武骨
- タフ
- 労働者のリアル
- ミリタリーの本物感
みたいな“物語”を商品にまとわせるのが本当にうまかったと。
だから縫製が荒くても、
「現場で使われていた本物だからこそ」
「これは武骨さの証」
という“意味付け”が成立してしまう。
一方でアジア製は、長年「大量生産」「コストカット」のイメージが強く、
雑さに“ロマン”が乗りにくい。
これは確かにそう感じる。
今の若い世代はどうなのか?
ここも気になってAIに聞いてみた。
結論としては、
「アメリカへの絶対的な憧れはもうない」
らしい。
理由はシンプルで、
いまの若者の中心はアメカジでもアメリカ映画でもなく、
- SNS
- 韓国カルチャー
- Y2K
- 小さなコミュニティ
といった“国ではない文化”に重心があるから。
むしろ若い人ほど
「丁寧でクリーンなアジア製のほうが好き」
という評価すらあるらしい。
つまり僕ら40~50代が抱く「アメリカ=憧れ」の感覚は、
けっこう“世代固有の文化体験”なんだと思う。
AIのまとめがエモい
AIは最後に、
「あなたが惹かれているのは
“アメリカの製品”ではなく
10代で出会った“アメリカ文化そのもの”です」
と言った。
これはちょっとエモいよね。
つまり Made in USA の魅力って、
質や精度ではなくて、
- 当時の空気
- 憧れ
- ロマン
- 青春の記憶
- アメカジという世界観
こういう“文化の匂い”をまとっているから惹かれるんだろう。
だから今でも、多少雑な縫製を見ても許せてしまうのかもしれない。
まとめ
僕ら40代前後が「Made in USAってなんかいいよな〜」と感じてしまうのは、
単なる品質ではなく、文化と青春の記憶の話なんだと思う。
そして若い世代にその感覚がないのは当然で、
彼らは彼らの“今のカルチャー”の中で生きているだけなんだ。
そう考えると、アメカジも Made in USA も、
なんだか“文化財”みたいに見えてくる。
時代は変わるけど、僕らの中に残っている感覚は変わらない。
それってちょっといいな、と思ったりする。

コメント