ただ所有しているだけでは、「一生モノ」とは呼べない。

「一生モノ」。

世の中に溢れている言葉だが、ふと、それは一体何なのだろうかと考える。

多くの人は、「絶対に壊れない、頑丈なもの」を想像するかもしれない。

けれど、どんなに堅牢な素材で作られていても、使えば必ず傷み、擦り切れ、形を変えていく。

永遠に同じ状態を保つ物など、この世には存在しない。

高い対価を払って手に入れ、傷つくのを恐れて引き出しの奥にしまい込んでいるもの。

それは確かに「所有」はしているが、一生モノとは呼べないはずだ。

一生モノとは、丈夫さの勝負ではなく、「関係性」のことなのだと思う。

手入れをし、時には直し、生活の中で使い込む。

年齢を重ね、自分のライフスタイルや好みが変わっていく中で、昔はしっくりきていたものが似合わなくなることは普通にある。

それでもなお、手元に置いておきたいと思えるもの。

久しぶりに触れたとき、「ああ、やっぱりいいな」と静かに思えるもの。

変化していく自分に対して、道具もまた共に変化し、その痕跡を刻みながら寄り添い続ける。

長さよりも、その関わりの濃さこそが、一生モノの正体だ。

英語には、「一生モノ」と完全に一致する単語はないという。

ただの物質として消費するのではなく、ひとつの道具と長く付き合い、共に歳を重ねていく。

そんな、モノとの関係性を重んじる文化から生まれた言葉なのだろう。

変わらないから愛するのではない。

傷つき、変わりゆく中で、それでも共にありたいと思えるか。

そんな静かな関係性を築ける道具を、今日もこの場所で、ただ黙々と作り続けたいと思う。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次